これまでに読んだ小説の中で本当に面白かったのはコレ

『異邦の騎士』島田荘司 異邦の騎士(1988) 島田荘司

(ストーリー)
記憶喪失の男は自分の過去を調べ始めた。
すると、ある妻子殺害事件のことに行き当たる。
自分は犯人なのか?
自分は妻と子供を惨殺したのだろうか?

(感想)
公園で居眠りしていて、目を覚ますと記憶喪失になっていた。
自分が誰だかわからないし、
ここがどこかもわからない。

記憶喪失という題材は読者に好まれるということもあるが、
書く方にしても興味を引かれる設定なのだろう。
かなりの数の本が出ている。

逢坂剛の『百舌の叫ぶ夜』や、フレドリック・ブラウン『霧の壁』など、
傑作もいくつかあるけど、
大半は企画倒れのようなイロモノ小説でおわっている。

書きやすいという面があるらしく、
連載漫画なんかでもアイデアに詰まると時間稼ぎ的に
主人公が記憶喪失になり、
街をさまよったりする。

結局それ以上の発展もないまま、
そのへんに頭をぶつけて無事記憶は回復というパターンだ。

そんなものが面白いわけがない。
プロの作家ともあろう者が、そんな安易な考えでは困る。

記憶喪失というネタは簡単なようで難しい。

まず主人公の正体に何らかの意外性が必要になる、
また、主人公の見舞われるピンチは、
記憶がないことによって引き起こされねばならない。

どうせそのうち頭ゴッツンして記憶は戻るだろう。
そうすれば全部問題は解決だ。
などと読者に思われてしまっては終わりなのだ。
そんな「逃げ道の用意されたピンチ」では、
どんなサスペンスも機能しない。

例えば『ドカベン』の山田太郎が記憶喪失になり、
試合に間に合わなくなりそうでも、
別にハラハラドキドキは発生しない。

いつまでも頭ゴッツンしないで街をさまよっている山田太郎に、
イライラするだけだ。
頭ゴッツンで全部の問題が片付くなら、
すべては作者のさじ加減ひとつになってしまう。


『異邦の騎士』はそういった問題をしっかりとクリアし、
記憶喪失ものの面白さをちゃんと味合わせてくれる。

公園で居眠りしていて、
目を覚ますと記憶喪失になっていた主人公は、
とりあえず公園を出て歩き出す。

少し行くと、男にからまれている美女を発見する。
その瞬間、なぜか主人公は、
これから起こることの映像が頭に浮かんでくる。

そして事態はその予知どおりに進んでいく。

主人公は美女をなんとか救いはする。
だが、
戸惑いは隠せない、
なぜ未来を予測できたのか。
自分は超能力者なのか。
そもそも、どうして記憶喪失などになってしまったのか。

スティーブン・キングの『デッドゾーン』のような
物悲しい超能力者の話が始まりそうなオープニングだが、
『異邦の騎士』という小説はここから、
鬱屈を抱えた青年の青春ミステリーへと発展していく。

「どうせ自分の人生なんて、ろくでもない人生だったに決まってる」
確証もないままそう感じ、主人公はむしろ記憶が戻らないことを
願っている。

新たに始まった美女との新生活を大切に思い、
それが壊れてしまうことを恐れている。

そうやって過去の自分と決別しよう思いながらも、
やはり自分の正体を知ることの誘惑には逆らえず、
彼は真相へと少しずつ近づいていくのであった。

前半の青春小説パートが印象深い作品ではあるが、
謎や伏線が解かれていく後半も見事。

読みやすい作品なので、
島田荘司初心者にもピッタリの小説だ。


Home