これまでに読んだ小説の中で本当に面白かったのはコレ

翼はいつまでも翼はいつまでも(2001) 川上 健一

(ストーリー)
初恋・友情・ラジオから流れるビートルズ。
1960年代の素朴な青春がノスタルジックに描かれる。

(感想)
冒頭の野球部の練習シーンを読みながら
「情景描写の上手い人だな」と感心してしまった。
高く上がったフライを追って原っぱを走る少年の姿が、
頭の中に鮮明に浮かび上がってくるのだ。
バットがボールを叩く音、走る主人公が巻き起こす土煙、
太陽、草の音、汗。
五感を通して感じ取れる見事な文章だ。

そういえば、あさのあつこの「バッテリー」を読んだときも
描写の上手さに1ページ目から驚かされたが、
野球が好きな人は文章もうまいのだろうか。

川上健一の代表作とも言うべき「雨鱒の川」は、
作品の面白さという点ではいまひとつの感が強い。
だが主人公が川に潜って魚を追うシーンの描写は、
やはり並々ならぬものがあった。
あまりの上手さに、もう作品の内容なんて
どうでもよくなってくるぐらいだ。

しかし川上健一が上手いのは文章だけではない。
「強者のよる理不尽な抑圧」とでも言うべき場面を作るのも上手くて、
読んでいるこっちまでがくやし泣きしそうになる。

代表作「雨鱒の川」の最大の見せ場は、
ファーストシーンの次の「上級生たちにからまれるシーン」だ。
すごく嫌なからみ方をしてくるし、とてもリアルで、
実際に似たようなことが全国の中学校で起きていそうな気がする。
興味のある人はその部分だけでも読んでみるといい。

「翼はいつまでも」においても、そういう抑圧シーンが出てくる。
しかもいっぱい。
作者はこれまでずいぶん悲惨な人生を送ってきたに違いない。
川上健一の小説を読んでいるとそう断言したくなる。
そういった不幸な人生経験のおかげで川上健一は、
「抑圧シーン」という必殺ワザを身につけてしまった。

そういうものをひとつでも持っていると作家は強い。
「翼はいつまでも」の前半部分は
ほぼその「抑圧シーン」だけで出来ていると言っていい。
この作品はきっと主人公と一緒に強者によるイジメを味わう小説なのだろう。
主人公と一緒になってくやしがったり、泣いたり、
学校に行くのが嫌になったり。
いやむしろ、「作者と一緒に」と言うべきか。

「抑圧シーン」以外にも魅力は多く、
初恋や友情がさわやかに語られていく。
とくに印象的なのはビートルズの使い方。
あの時代の人じゃなくても、主人公の心酔ぶりはちゃんと伝わるはず。
上手いのだろう。川上健一という人は、いろいろと。


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